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My Chemical Romance(マイ・ケミカル・ロマンス)

マイ・ケミカル・ロマンス(My Chemical Romance)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州出身のロックバンド。
バンド名はベーシストのマイキー・ウェイの発案で、アーヴィン・ウェルシュのカルト小説「Ecstasy: Three Tales of Chemical Romance」に由来する。パンク・ロック、ハードコアを基調とした音楽性はクイーンやブラック・フラッグ、アイアン・メイデン、グリーン・デイ、ミスフィッツなどから影響を受けている。ヴァンパイアや死を用いたオカルト的とも取れる世界観の歌詞は賛否両論である。
ファンの間では「MCR」もしくは「My Chemi(日本では同様に「マイケミ」)」との略称で呼ばれている。特にイギリスやアメリカの若者を中心に絶大な人気を誇る。
2007年には、日本の音楽番組「ミュージックステーション」に出演したり、武道館でライブを行うなど、日本でもブレイクした。

メンバー

* 現メンバー

ジェラルド・ウェイ (Gerard Way 1977年4月9日 - ) - ボーカル

* 本名は、ジェラルド・アーサー・ウェイ(Gerard Arthur Way)
* ニュージャージー州ベルビル出身
* おばあちゃん子で、祖母に絵を描くことや歌うことを教わり、「彼女がいなければ今の自分はいないと思う」と話す。
セカンドアルバムの「ヘレナ」は彼の祖母が亡くなった時、「大切な人を失う恐怖と最期に傍にいられなかった自己嫌悪感から生まれた曲」である。
* 2006年「来年から禁煙する」と宣言していたが、2007年年明け直後、気づいたら煙草を吸っていたらしく、断念した。
* 日本贔屓であり、本人は本気で日本に住もうとしていた。プライベートでもよく来日する。特にお気に入りの場所は、ロフトらしい。
* メンバーは、ジェラルドの左手の薬指の指輪は、フレンドシップリングだと話していたが、MTVが本人に直接訊ねたところ「婚約している」と明かした。
なお、2007年9月3日に、マインドレス・セルフ・インダルジェンス のベーシスト・Lyn-Zと結婚し、2009年には子供が生まれた。

レイ・トロ (Ray Toro 1977年7月15日) - リードギター

* 本名は、レイモンド・マニュエル・トロ・オルティス(Raymond Manuel Toro-Ortiz)
* ニュージャージー州カーニー出身。
* レイの髪の毛を、マイキーが一度だけストレートにした事があったが、本人は気に入らなかったらしく「たいして変わらないよ」と言って、元に戻した。それに対しマイキーは「ストレートでもカッコイイのに」と言っていた。
* 目が悪いため、コンタクトレンズを使用している。

フランク・アイイアロ (Frank Iero 1981年10月31日 - ) - リズムギター

* 本名は、フランク・アンソニー・アイイアロ(Frank Anthony Iero)
* ニュージャージー州ベルビル出身。
* 2008年に結婚。フィアンセの名前を左胸に彫っている。
* 苗字の発音の仕方は"Eye-Ear-O"(本人談)しかし、日本の雑誌で「アイイアロ」と表記されることは少なく「イエロ」と書かれる事が多い。本人も、訂正を求めることは殆ど無いため、間違って記憶している日本のファンは多い。
* 身長が165cm程度しかなく、メンバーの中でも一番短身である(ライフ・オン・ザ・マーダーシーンのDVD2で、145cmと本人が言っていたのは冗談)。そのため「ヘレナ」のPVでは、メンバー達がヘレナの棺を教会から運び出すというシーンの撮影時に、フランク自身は、棺に手を添えてるだけだったとのこと(本人談)。そのシーンの撮影終了後、最前列で棺を持ったジェラルドは「空っぽだし楽勝だと思っていたのに、一人でテーブルを運んでる感じだった」と言い、横にいたレイは「最前列の俺とジェラルドは悲惨だったんだ。フランクめ、昼寝までしやがって」と、笑いながらつぶやいていた。
* 2001年には、PencyPrepというバンドに加入していた。現在は、LEATHERMOUTHというニュージャージー出身のインディーズバンドでボーカルを務めている。
* 下唇の内側、首、腹など全身にタトゥーが彫ってある。
* 幼少期は、喘息持ちだった。
* 元々、ヘビー・スモーカーだったが、4年ほど前から禁煙している。
* 2007年1月の日本公演の際には、来日前に、親知らずを4本抜歯した痕が機内で出血し、腫れと疲労による40度もの高熱により不参加。その時の事をジェラルドは「出血が酷くて大変だったんだよ!」と供述している。
* 犬を4匹飼っている。

マイキー・ウェイ (Mikey Way 1980年9月10日 - ) - ベース

* 本名は、マイケル・ジェームズ・ウェイ(Michael James Way )
* ニュージャージー州ベルビル出身。
* 15歳の頃、アメリカでは人種差別などの理由からDVD、VHSの発売が禁止であったディズニー映画をフィリピンから手に入れ、それを海賊版として販売して利益を得ていた事があり、FBIから厳重注意を受けた経験がある(未成年のため、刑務所へは行かなかった)。その利益で、ライブのチケットを買っていたが、マイキーがそれを兄ジェラルドに渡すこともあり、そのおかげで今の彼がある。
* 2007年3月7日に、ベーシストのアリシア・シモンズ(Alicia simmons)と結婚し、新婚生活を送るため、現在一時的にバンド活動を休止している(2007年8月復帰予定)。
* 視力が悪く、コンタクトレンズを目に入れるのが恐く、眼鏡を愛用していたが、レーザー治療を施し、回復した。

ボブ・ブライヤー (Bob Bryar 1979年12月31日 - ) - ドラム

* 本名は、ロバート・ナサニエル・コーリーブライヤー(Robert Nothaniel Carybryar)
* イリノイ州シカゴ出身。
* フロリダ州フル・セイル学校(アート学校)を卒業し、サウンド・エンジニアの資格を持つ。ザ・ユーズドのライブでの音響を担当していたこともある。アルバム「スウィート・リベンジ」発売当初は、サウンド・エンジニアとして、バンドに参加していた。
* ジェラルドと同様、かつては本気で日本に引っ越すつもりだった。日本でお気に入りの場所は、東急ハンズとドン・キホーテらしい。また「ミュージックステーション」出演時には、東急ハンズで購入したスリッパを履いていた。
* 元々、裏方の様な仕事をしていた為、自分の所にカメラが回されることを嫌がり、ふざけてカメラを蹴ったり殴ったりすることがある(ライフ・オン・ザ・マーダー・シーン参照)。

旧メンバー

マット・ペリシアー(Matt Pelissier)

ジェラルド達との考え方の違いから折り合いが悪くなった事が原因で、2004年に脱退。
ドラムの音をサポートする器具を使うべきと主張するジェラルド達に対し、マットがこれを拒否したためであると言われている。
実際にはマネージャーがクビにしたという説も有力。

備考

* ジェラルドとマイキーは実の兄弟である。
* イギリスのダウンロードフェスで過大なブーイング(ペットボトルの投げ込みや「Boooo!」の声)を受けながらも最後まで演奏を続けた。その時フランクが「i'm not okay」の演奏中に転倒。
* 2007年8月29日のプロジェクト・レヴォリューションでは、スペシャルゲストとしてレイの兄が登場した。
* 全員が甘党らしく、日本の関係者によるとメンバーは皆「歯が悪い」らしい。

My Chemical Romance(マイ・ケミカル・ロマンス)バイオグラフィー

* 初期メンバーの5人全員がニュージャージー出身で、ハイスクール在学中から親しくしていた。ハイスクールを卒業後、5人は一旦それぞれ自分達の将来を探すために散っていったが、連絡を取り合うことだけは欠かさなかった。

ジェラルドは、母親の実家の地下室に住みながら、ニューヨークでアニメーションの仕事をしていた。しかし、次第にそんな毎日、自分の生き方に疑問を持ち始める。そんなジェラルドは仕事にニューヨークへ向かう途中、フェリーから直接9.11テロを目の当たりにし、自分の生き方として音楽活動を選ぶ決意をする。そして、同じ疑問を抱えていたマットと連絡を取り合い、2人は一緒に音楽をする決意をする。
2人だけではあったが、ここに一番初期の段階のMy Chemical Romance(マイ・ケミカル・ロマンス)が誕生する。

ジェラルドとマットの2人で、最初の曲となる「Skylines And Turnstiles」を作る。この曲が上手く出来上がったため、2人は自分達が知る中で一番のギタリストであるレイに連絡をする。すると、レイも興味を持ち、ギタリストとして加入する事になる。3人だけで簡易デモテープを完成させるが、バンドは未だ、ベーシストを見つけられないでいた。そんなバンドの状況をマイキーが知り、当時は弾けなかったというベースを寝る時間も惜しんで徹夜で練習した。その事を知ったメンバーの3人が感銘を受けたことにより、マイキーがベーシストとしてバンドに加入して、4人組となる。そして、そのデモテープがアイボール・レコードの目に留まり契約に至る。

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2002年、デビューアルバムのレコーディング中に物足りなさを感じたバンドは、フランクを新たなギタリストとして迎える。その後、たった2週間でレコーディングを終え、最初の曲である「Skylines And Turnstiles」をリリースする。そして、2002年の殆どを、アメリカやヨーロッパでのツアーに費やし、この時より確かなファンベースを獲得する。
2003年7月には、サーズデイのGeoff Rickly (Vo)のプロデュースのもと、ファーストアルバム『I Brought You My Bullets, You Brought Me Your Love』がインディーズより発売される。彼との親交は、ジェラルドがサーズデイのTシャツを描いた事から続く縁である。

そしてバンドは、メジャーレーベルのリプリーズ・レコードと契約し、セカンド・アルバム『Three Cheers For Sweet Revenge』を制作する。
本作で、バンドはメジャーデビューを果たし、多くの雑誌やメディアに取り上げられる事になる。なお、セカンド・アルバムは、1週間でファースト・アルバムの約2倍も売れるなどといった驚異的な売り上げ数を記録した。日本でも、日本デビュー前にも関わらず「フジロック」と「サマーソニック」の間で争奪戦が繰り広げられるなど、話題となり、その結果「サマーソニック04」にて初来日し、多くの観客を熱狂させた。
その来日後、ドラマーのマットが脱退するという事件が起こる。理由は、マットとバンドの考え方の違いから折り合いが悪くなった事が原因である。バンドはその後、新たなドラマーとしてボブを迎える。

ジェラルドの薬物中毒とアルコール依存症に伴ううつ病の悪化など、バンドとして苦しい状況を迎えるが、ジェラルドの禁酒宣言で、問題は解決。2005年2月には再来日し、ワンマンツアーを敢行。また、4月には世界的人気バンドのグリーン・デイのアメリカ・ツアーのサポートに大抜擢され、この頃、バンドを取り巻く状況の変化に戸惑っていたジェラルドに、グリーン・デイのボーカルのビリー・ジョーが

「世界には正しいロックスターが必要なんだ」

とアドバイスした。そして、夏のワープト・ツアーに参戦し、同年5月にメジャー・デビューしたフォール・アウト・ボーイと共に、エモシーンの盛り上がりに拍車をかけた。その後も、2006年8月には「サマーソニック06」に出演するなど、精力的に活動している。

2006年10 月『The Black Parade』からの先行シングル「Welcome To The Black Parade」が全英シングルチャート1位を獲得。 同年、死をテーマにしたサード・アルバム『The Black Parade』をリリース。アメリカのアルバム・チャートで1位を記録。このアルバムは、世界各国で大ヒットし、世界的に有名になる。
その後、世界各国でツアーをし、2007年1月には、東名阪と合計4箇所で、3度目となる来日公演を行った。同年5月には、初の武道館公演を行った。この武道館での公演が、日本でのブラックパレードツアーの最終公演となった。 その後も、世界各国でツアーを続け、2008年5月9日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで、ツアー全体のフィナーレを飾った。

2008年、メキシコでのツアーを収めたライブ・アルバム『The Black Parade Is Dead!』をリリース。 その後は、世界ツアーでの疲れを取るため、活動休止にはいる。

2009年映画『ウォッチメン』の主題歌として、ボブ・ディランの「Desolation Row」をカヴァーする。 同年、ジェラルドが氷室京介とコラボした楽曲「Safe And Sound」を発表。 現在は、新作の製作中。 2009年8月「サマーソニック09」に、ヘッドライナーとして出演。

My Chemical Romance(マイ・ケミカル・ロマンス)ディスコグラフィー

* 日本盤はワーナーミュージック・ジャパンからの発売。

* アイ・ブロウト・ユー・マイ・ブレッツ、ユー・ブロウト・ミー・ユア・ラヴ - I Brought You My Bullets, You Brought Me Your Love (2002年)(2009年3月25日に日本盤発売)
* スウィート・リベンジ - Three Cheers For Sweet Revenge (2004年)
* ライフ・オン・ザ・マーダー・シーン - Life On The Murder Scene (2006年)
* ザ・ブラック・パレード - The Black Parade (2006年)
* ライヴ・アンド・レア − Live And Rare (2007年)(日本限定企画盤)
* ザ・ブラック・パレード・イズ・デッド! - The Black Parade Is Dead! (2008年)

なお、それぞれのアルバムのコンセプトは「ひどい失恋」(アイ・ブロウト・ユー・マイ・ブレッツ、ユー・ブロウト・ミー・ユア・ラヴ)、「祖母の死」(スウィート・リベンジ)、「自分の道を生きる決意」(ザ・ブラック・パレード)といった個人的経験が元となっている。

My Chemical Romance(マイ・ケミカル・ロマンス)日本公演

* 2004年
8月7日 大阪、8日 東京

* 2005年
2月7日 心斎橋CLUB QUATTRO、8日 名古屋CLUB QUATTRO、9日,10日 LIQUIDROOM

* 2006年
8月12日 大阪、13日 東京

* 2007年
1月10日 Zepp Tokyo、11日 CLUB CITTA'、12日 Zepp Nagoya、13日 松下IMPホール、14日 渋谷CLUB QUATTRO
5月25日 ミュージックステーション内で生ライヴを行う。
5月29日 日本武道館

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