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The Prodigy(プロディジー)

ザ・プロディジー (The Prodigy) はイギリスのテクノ/エレクトロロック・バンドである。
80年代末期のレイヴカルチャーをその出身基盤にもち、ロックとテクノの積極的な融合を試みることで、その先駆者として既存の電子音楽の持つ可能性を大きく押し広げた存在である。特に、世界的なヒットを記録した3rdアルバム『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』は、90年代におけるダンス・ミュージックの到達点、金字塔と評される。
デビュー以来数多くの独創的な功績を残しており、現在までにテクノからロック、さらにヒップホップにまで渡って広大な影響力を持つシーン随一のトップ・アクトとして活躍している。

メンバー

* リアム・ハウレット(Liam Howlett) (プログラミング、キーボード)

バンドのリーダーで、楽曲の製作とライブのサウンドシステムを一手に引き受ける。バンドのかたわらDJとしても活躍しており、他にドラムやピアノもこなすマルチ・プロデューサーである。 オアシスのフロントマンであるリアム・ギャラガーとは妻であるオール・セインツのアップルトン姉妹を介して義理兄弟の関係にある。その縁でしばしばコラボレーションをすることがある。

* キース・フリント(Keith Flint) (MC/ヴォーカルおよびダンサー)

バンドのフロントマンとしてプレスへの露出が多い。デビュー当初は肩まで伸びた長髪スタイルであったが、3rdアルバム期前後から壊れ始め(Nogood当時は志茂田景樹のようなトロジャン・ヘアーだった)、逆モヒカン(頭髪の中央をそり上げ、左右に残した髪の毛を逆立てた髪型)にアイシャドウをほどこした隈取メイクのヴィジュアルがトレードマークであった。その後、幾度か髪型は変わり現在は金髪のソフトモヒカンスタイルとなっている。ファッションも独特で、ユニオンジャックをあしらったステージ衣装が多く、本人もたびたびユニオンジャックへのこだわりを口にする(しかし本人は自らのファッションについての話題は好まない模様)。ロバート・スミス( ザ・キュアー )以来のカルト・ヒーローとして、そしてファッション・アイコンとしてNME誌等の表紙を飾ることも多い。

ちなみに既婚で、妻は日本人女性である。バンドに帯同するPAスタッフを務めるかたわら、「DJ Gedo Super Mega Bitch」の名義でDJ活動も行っている。 黒髪ロングで線の細い外見、テクニック・タイプのDJスタイルを身上とする。

* マキシム(Maxim) (MC/ヴォーカルおよびダンサー)

唯一の黒人メンバーで、キースとともにプロディジーのフロントを張る。
ライヴではメイン・ヴォーカルをこなし、ドレッドヘアをなびかせてカンフーや空手のようなアクロバティックなダンスをしながらステージ上を縦横無尽に動き回る。他方、普段は物静かでおとなしい寡黙な人柄でありステージ上とは好対照のキャラクターをもつ。アレキサンダー・マックイーンのデザインによるファッションショーのモデルを務めたこともある。

元メンバー

* リロイ・ソーンヒル(Leeroy Thornhill) (ダンサー)

2000年脱退。足元のおぼつかないステップでユラユラとしたブレイクダンスを披露していた。バンドがレイヴ系から幅広い音楽性を追求していく中でその存在感が薄くなり、衆目一致でバンドを去った。後に「フライト・クランク」名義でソロ・デビュー。近年ではDJ Hyperの作品にボーカル参加するなど他アーティストへの客演も行っている。

* シャーキー(Sharky) (ダンサー)

唯一の女性メンバーであったが、XLレコーディングスとの契約と前後して脱退している。ファーストアルバムのブックレットにおいてその名を目にすることができる。

経歴

* バンド結成~デビュー

リーダーのリアム・ハウレット

1990年、イギリスのエセックスのクラブでメンバー5人が出会い、バンドが結成された。
80年代終わりから盛り上がりを見せたセカンド・サマー・オブ・ラブシーンや、それに続くレイヴカルチャーにおける人気アーティストとして、アンダーグラウンド・シーンを賑わす存在となる。

1991年にXLレコーディングスと契約(これと前後してシャーキーが脱退)。アンダーグラウンドの熱気を受けるように、リリースするシングルがイギリスのダンスチャート上位に常にランクインするようになった(シングル 「チャーリー」 や「エブリバディ・イン・ザ・プレイス」は当時のレイヴシーンを代表する曲として、未だに人気がある)。

1992年にファーストアルバム『エクスペリエンス』をリリース。いち早くドラムンベースを実践し、ブレイクビーツを多用したこのアルバムは多方面から脚光を浴び、バンドは一躍メジャー・シーンにのし上がる。

1993年に初来日。東京ドームで行われた、エイベックス主宰のイベント「avex rave '93」でライヴを行った。

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2nd,3rdの世界的ヒット

1994年、セカンドアルバム『ミュージック・フォー・ザ・ジルテッド・ジェネレーション』を発表。「ブードゥー・ピープル」「ポイズン」などの斬新な手法を取り入れたトラックを中心としたこのアルバムで、オルタナティブ・ロック系サウンドを大々的に導入。ブリットポップのバブルに沸くUKロックシーンとの相乗効果もあってアルバムは全英1位を獲得。国内だけで100万枚を超えるセールスを記録し、バンドの人気と評価は確固たるものとなった。またこの年に二度目の来日。エイベックス主催「avex rave '94」に参加した。

大ブレイクの勢いそのままに1996年、シングル「ファイアスターター」、「ブリーズ」、「スマック・マイ・ビッチ・アップ」というクラブ界の3大アンセムとなる名曲を次々に発表。そして翌1997年にサードアルバム『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』をリリース。様々な音楽性を横断し、ダンスとロックの垣根を完全に打ち払うこのアルバムは、 英米加豪4カ国を含む全世界22カ国の最主要アルバムチャートにて初登場1位に輝き、全世界で1000万枚を超えるモンスターヒットを記録、さらに同年のグラミー賞にもノミネートされるなど(受賞は逃した)、バンドは瞬く間にして全世界的な成功を獲得するに至る。

同年のグラストンベリー・フェスティバルではダンス系アクトととして初のヘッドライナーを務める。奇しくも97年を境に英国ではブリットポップブームが終息の兆しをみせ、シーンの主役がクラブ系アーティストへと移行する1つの潮流を作り上げることともなった。また、初開催となるフジロック・フェスティバルにも参加(しかしながら天候不順のためライヴは行われなかった)。翌1998年にはヘッドライナーとしてフジロックへの出演を果たしている。

ソロ活動期~4作目

『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』の大成功による世界ツアーは足掛け2年にも及んだ。あまりも長期にわたるライヴ生活によって疲労困憊したバンドはしばらく休息状態に入る。
その間、1999年にリアムがミックスDJアルバムを、翌年にはマキシムがソロ・アルバムを発表。2003年にはキースも「フリント」名義でソロ・プロジェクトを始動させる(しかしながら、諸事情によりソロ・アルバムは発売延期のままお蔵入り状態となっている)など、メンバー各自のソロ活動が活発化した。
活動休止と前後して、バンドの方向性から完全に逸脱し存在自体が希薄になっていたダンサーのリロイ・ソーンヒルが脱退し、3人組となる。

バンド活動は2001年から徐々にロック・フェスティバルを中心に再開。世界中のフェスの大トリを飾りながら、2002年には再びフジロックのヘッドライナーも務めた。
同2002年、前作から5年ぶりに、4枚目のアルバムへと繋ぐ位置づけとなる筈だったシングル「Baby's got a temper」(日本盤未収録) を発表。このシングルはヒットしたものの、「前作の延長線上、焼き直し」とメディアに袋叩きにされ、この方向性に疑問を感じたバンドは、当時半分以上完成していた 4枚目のアルバムの為の曲を全て廃棄し、真の4枚目のアルバムを一から作り直し始めた。

そして2004年、前作から7年ぶりに4枚目のアルバム『オールウェイズ・アウトナンバード、ネヴァー・アウトガンド』(全英初登場1位)をリリース。前作からの脱却をテーマに、レコーディングにはマキシムとキースは参加せず、代わりにジュリエット・ルイス、 オアシスのギャラガー兄弟ら多くのゲスト・ボーカルを招いて製作され、全体にブレイクビート・テクノが疾走するクラブ系サウンドに回帰した仕上がりとなった。本作からは「スピットファイア」「ホット・ライド」などのヒット曲が生まれている。

2005年には初のベスト盤である『シングルス1990-2005』をリリースし、キャリアに一区切りをつけた。

現在

サマーソニック'08など数本のフェス出演を経て新作への手応えを形成させたバンドは、5作目となるアルバム『インヴェイダーズ・マスト・ダイ』を2009年に発表。『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』以来実に10年ぶりにマキシム&キースが参加して制作された復活作ともいうべき内容で、ビッグ・ビート当時を彷彿とさせる会心のダンスビートが多くの好レヴューを呼んだ(全英1位、ヨーロッパ主要チャートでも軒並みトップ5、日本でもオリコン8位を記録)。現在、長期かつワールドワイドに渡るツアーと数多くのミュージックフェスへの参加を行っているが、日本公演においてはペンデュラム、ハドーケン!、オートクラッツといった気鋭の後進バンドをサポート従えての大規模なフェスが行われた。

音楽性

*マキシム&キースの個性的で強烈なヴィジュアル・イメージゆえに、キワモノ的な扱いをされていた時期もあったが、リアム含め3人とも根は「音楽オタク」であり、飽くことなくスタジオに入り浸って楽曲製作にいそしむクリエイターぶりは有名で、インタビューその他の3人の受け答えは、ライヴの姿とはうって変わって冷静で知的な側面が強い。

特にリーダーのリアム・ハウレットはクラシック音楽の英才教育を受けて育ったが、多感な青年期にヒップホップのDJをも経験していることからの影響か、彼らの音楽はクラシックの展開・構成力とヒップホップのリズム感やビートのパターンを兼ね備えたものとなった。一見、衝動的に思われるプロディジーの諸楽曲群は、レッド・ツェッペリンの音楽さながら、緻密に計算された上で見事にクラシック的な起承転結の上に成り立っている。

日本では、アンダーワールド、オービタル、ケミカル・ブラザーズと共に、「テクノ四天王」とも呼ばれる (様々なジャンルの「世界三大」「世界四大」などと同様、日本でのみ通用する呼称である)。

彼らの所属レーベルはXLレコーディングスであったが、日本国内盤はエイベックスと契約が行われていた。エイベックスから3rdアルバムがリリースされたのち、しばらく国内盤は廃盤状態が続いたが、4thアルバム以降はソニー・ミュージックエンタテインメントとのリリース契約が行われ、廃盤となっていた1st~3rdアルバムも全て復刻されている。1995年にエイベックスからリリースされたリミックスアルバム「SELECTED MIXES FOR THE JILTED GENERATION」は日本国内のみのリリースとなっており、復刻はされていない。

2009年の5thアルバムは長く在籍したXLを離れ、クッキング・ヴァイナル傘下に新たに設立した自身のレーベル「テイク・ミー・トゥ・ザ・ホスピタル」からリリースされた(日本ではビクターエンタテインメントより発売)。

ディスコグラフィー

* アルバム

* Experience(1992年) UK12位
* Music for the Jilted Generation(1994年) UK1位、US198位
* SELECTED MIXES FOR THE JILTED GENERATION(国内オリジナル盤、1995年)
* The Fat of the Land(1997年) UK1位、US1位、日本18位
* Always Outnumbered, Never Outgunned(2004年) UK1位、US62位、日本6位
* Their Law: The Singles 1990-2005(ベスト盤、2005年) UK1位、日本16位
* Invaders Must Die(2009年) UK1位、US58位、日本8位

シングル

日本未発売のものも含む。

* "Charly"(1991年)
* "Everybody in the Place"(1992年)
* "Fire/Jericho"(1992年)
* "Out of Space/Ruff in the Jungle Bizness"(1992年)
* "Wind It Up (Rewound)"(1993年)
* "One Love"(1993年)
* "No Good (Start the Dance)"(1994年)
* "Voodoo People"(1994年)
* "Poison"(1995年)
* "Firestarter"(1996年)
* "Breathe"(1996年)
* "Smack My Bitch Up"(1997年)
* "Baby's Got a Temper"(2002年)
* "Girls" / "Memphis Bells"(2004年)
* "Girls"(2004年)
* "Hotride"(2004年)
* "Spitfire"(2005年)
* "Voodoo People (Pendulum Remix)" / "Out Of Space (Audio Bullys Remix)"(2005年)
* "Invaders Must Die"(2008年)
* "Omen"(2009年)
* "Warrior's Dance"(2009年)

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