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BEASTIE BOYS(ビースティ・ボーイズ)

ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)はアメリカ合衆国の音楽ユニット。3人のMCを擁するヒップホップ・グループとして有名だが、バンド形式でパンク・ロックやラップロックを演奏する事もある。白人ヒップホップの草分け的存在であり、加えて、バンド・スタイルとDJ・スタイルの並立やロックとラップの融合もいち早く実現させるなど数多くの独創的な功績を残しており、現在までにヒップホップからロック、さらにクラブ・ミュージックにまで渡って広大な影響力を持つ大御所として活躍している。

ちなみに名前の由来は、メンバーが敬愛するハードコア・パンクの重鎮バッド・ブレインズ(Bad Brains)のインシャル B・B に縁掛けて、「Bで始まる単語2つを冠するバンド名にしよう」として考案されたものといわれている。

1979年にパンク・バンド「ザ・ヤング・アンド・ザ・ユースレス」として結成。1981年にBEASTIE BOYS(ビースティ・ボーイズ)と改名する。1984年にデフ・ジャムレーベルと契約したのを機にラップ/ヒップホップをフィーチャーしたサウンドへ転換。RUN D.M.C.、LLクールJらデフ・ジャム所属のヒップホップ系アーティストとツアーを行った。

1986年にアルバム『ライセンス・トゥ・イル』を発表。シングル『ファイト・フォー・ユア・ライト』が大ヒットし、アルバムはラップ作品としては史上初めてビルボード1位を獲得する。ヒップホップといえど音楽的にはパンクやハードロックの色が強く、ラップも黒人的なリズム感を持ったものではない。後にMONDO GROSSOがハウス調にカバーしている(歌っているのはケリス)。その後もコンスタントにアルバムを発表。サンプリングを激しく活用し高く評価されたが商業的失敗に終わった1989年の『ポールズ・ブティック』、再び楽器を手にしパンクロックに回帰した感のある1992年の『チェック・ユア・ヘッド』、ヒップホップとギターサウンドを融合させビルボード・チャート1位に輝いた1994年の『イル・コミュニケーション』などで人気を高め、1998年にはよりストレートなヒップホップを展開した『ハロー・ナスティ』がグラミー賞を受賞するなど世界的な地位を確かなものとした。

『ハロー・ナスティ』の後は2004年に『トゥ・ザ・5ボローズ』をリリースしており、ライブやシングル発行などの活動はこの間も絶えず行っているものの、アルバムリリースのペースは次第に遅くなっている。政治的な活動も行っており、1990年代半ばにチベット独立の支持を明らかにし、1996年には多くのアーティストを集めた大規模な「チベタン・フリーダム・コンサート」を行いサンフランシスコに10万人を集め、以後も継続的に開催しチベット支援を続けている。また911テロの被害者支援コンサート、イラク戦争に対するプロテストソングのリリースなど、2000年代に入り政治的主張の機会も増えている。


2006年に彼らのライブを50人のファンが撮影したドキュメンタリー映画「BEASTIE BOYS(ビースティ・ボーイズ) 撮られっぱなし天国」が公開された。

日本公演に関して、日本の2大ロック・フェスである、フジロックとサマーソニック両方のメインステージ・ヘッドライナーを務めたことがあるのは、ブラー、オアシスとこのBEASTIE BOYS(ビースティ・ボーイズ)の3組のみである。

グランドロイヤル

* 1992年にはデフ・ジャムを離れ、キャピトル・レコードの支援で自身のレコード会社「グランドロイヤル (Grand Royal) 」を発足させ、同レーベルにはルシャス・ジャクソンをはじめアタリ・ティーンエイジ・ライオット、ショーン・レノン、ベン・リー、チボ・マット、バッファロー・ドーターなど多くの新進アーティストが契約し話題を呼んだ。
翌1993年にレコードのリリース事業を始めたほか、雑誌「Grand Royal Magazine」を発行し、1970年代の映画やテレビドラマ、大衆文化が好きな彼らの趣味に走った編集方針でアメリカのユース・カルチャーに影響を与えた。創刊号のブルース・リーの特集や史上最高のバスケットボール選手カリーム・アブドゥル=ジャバーのインタビュー、「世界最悪の髪型」マレット特集など反響を呼ぶ記事を多く掲載した。

以後もブラン・ヴァン3000など優れたアーティストとの契約を進めたものの、経営難で2001年には閉鎖し、彼ら自身はキャピトル・レコードに移籍した。

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BEASTIE BOYS(ビースティ・ボーイズ)メンバー

* Mike D(マイクD)
本名:Michel Diamond(マイケル・ダイヤモンド)
MC、ドラム担当。

King Ad-rock(キング・アドロック)
本名:Adam Horovitz(アダム・ホロヴィッツ)
MC、ギター担当。
日本のラッパーとも親交があり、スチャダラパーやTERIYAKI BOYZのプロデュースをしたこともある。

MCA(エムシーエー)
本名:Adam Yauch(アダム・ヨーク)
MC、ベース担当。

Mix Master Mike(ミックス・マスター・マイク)
本名 ; Michael Schwartz(マイケル・シュワーツ)
DJ担当。ターンテーブリスト。

Money Mark(マニー・マーク)
本名 ; Mark Ramos-Nishita(マーク・ラモス=ニシタ)
キーボード担当。

マイクD、アドロック、MCA、ミックス・マスター・マイクの4人はユダヤ系である。MCAは仏教徒で、チベット仏教を信仰している。

BEASTIE BOYS(ビースティ・ボーイズ)ディスコグラフィー

* オリジナルアルバム

* Licensed To Ill(1986年) - デビューアルバム。全米1位 :トータル930万枚
* Paul's Boutique(1989年)- 全米14位 :トータル210万枚
* Check Your Head(1992年)- 全米10位 :トータル220万枚
* Ill Communication(1994年)- 全米1位 :トータル340万枚
* Hello Nasty(1998年) - グラミー賞受賞アルバム 米英豪独ほかスウェーデンとニュージーランドでも1位 :トータル350万枚
* To the 5 Boroughs(2004年)- 全米1位、カナダ1位 :トータル130万枚
* The Mix-Up(2007年)- 彼ら初の全曲インスト作品
* Hot Sauce Committee Part 1(2009年)- 09年9月15日発売予定

ベストアルバム

* BEASTIE BOYS ANTHOLOGY THE SOUNDS OF SCIENCE(1999年)
* Solid Gold Hits(2005年)

BEASTIE BOYS(ビースティ・ボーイズ)日本公演

* 1987年

東京後楽園ホール、大阪サンケイホール(日時不詳)
※日本テレビの深夜番組、11PMに生出演し、メンバーが黒木香とベッドでもみ合うシーンが今でも伝説となっている。

* 1992年

9月16日,17日,19日 CLUB CITTA'

* 1994年

10月20日 新宿リキッドルーム、29日 CLUB CITTA'、30日 新宿リキッドルーム

* 1996年

1月24日 とどろきアリーナ (ゲスト:リー・スクラッチ・ペリー、ベン・リー)

* 1999年

2月2日 名古屋ダイアモンドホール、4日 福岡ドラムロゴス、6日,7日 横浜アリーナ、9日 大阪城ホール

* 2004年 サマーソニック 2004

8/大阪、8/東京

* 2005年

1月12日 大阪城ホール、14日 日本武道館、15日 愛知県体育館

* 2007年 フジロック・フェスティバル 2007

7月28日 苗場スキー場、

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