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Coldplay(コールドプレイ)

コールドプレイ (Coldplay) は、イギリスのロックバンド。 大衆性を強く持つ楽曲が多く、現在の音楽シーンにおいて最も大きな商業的成功を得ているバンドである。

1997年にロンドンで結成される。
メンバーは、

クリス・マーティン(ボーカル・ギター・ピアノ)、
ジョニー・バックランド(ギター)、
ガイ・ベリーマン(ベース)、
ウィル・チャンピオン(ドラム)
から構成される。メンバー4人とも教師の息子たちである。

1996年9月、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの学生だったクリスとジョニーが学年最初の週に学生寮のRamsay Hallで知り合い、その後一年間彼らはバンド結成の計画を練った。中にはイン・シンクに影響を受けたPectoralzと呼ばれるボーイズ・バンドを考案していたこともある。実際には、バンドの方向性が決まらぬうちに二人のクラスメイトであるガイが仲間に加わった。
1997年までバンドはプロモーター向けのロンドンの小さなギグを「Starfish(スターフィッシュ)」というバンド名で続けていたが、この時までには初期のボーイズ・バンド結成への熱望は絶えていた。そしてクリスはオックスフォード大学でクラシック音楽を専攻していた、旧友であるフィル・ハーヴェイにバンド・マネージャーになるよう依頼した。フィルはバンドの2ndアルバムのリリースまでマネージャーを務めた。
1998年初め、ついにパーカッションプレイヤーとしてウィルがバンドに加わり、バンドの枠組みが完成。多才なウィルはすでにピアノやギター、ベースそしてティン・ホイッスルまでも演奏できたので、経験がなかったにもかかわらずバンドに加わるとドラムに転向しすぐに習得してしまった。そしてこの頃に、同じロンドン大学の学生だった友人から「コールドプレイ (Coldplay)」というバンド名をもらい、自らのバンドの名前にした。

ちなみに「コールドプレイ (Coldplay)」とは、Philip Horkyの詩のタイトルにちなんでいる。また、同じころKeaneのティム・ライス=オクスリーにキーボードプレイヤーとして参加するように頼んでいたが、すでにKeaneのメンバーとして活動していたために断られている。

インディーズ時代 (1998-1999)

コールドプレイ (Coldplay)は1998年5月にEP『Safety』をリリースする。このEPは500枚ほど生産されたが、その多くがメンバーの友人等の手に渡ったため、実際に販売されたのは50枚ほどとなった。
さらに12月にはインディーズ・レーベルのFierce Pandaと契約し、翌1999年4月、2月にたった4日間で収録を済ませていたEP『Brothers&Sisters』をリリースした。このEPはまず2500枚ほどが生産された。この頃になるとコールドプレイ (Coldplay)の曲はイギリスBBCのラジオ局Radio 1で流れ始め、次第にイギリス全土へと支持を広げていった。

1999年春、EMIの傘下パーロフォンと契約。

グラストンベリー・ロック・フェスティバルに初登場後、コールドプレイ (Coldplay)は新しいEPの製作に取り掛かる。『The Blue Room』と名づけられたEPは10月に5000枚がリリースされ、シングルカットされた『Bigger Stronger』はRadio 1で放送、知名度獲得の一助となった。その途中クリスとウィルがバンドの方針をめぐって喧嘩をしてしまう。その後和解するが、U2やR.E.M.のようなバンドを見習い、メンバー個人の尊重やドラッグをしないというバンドとしてのルールが決められた。

パラシューツ(1999-2001)

コールドプレイ (Coldplay)は1999年11月からデビューアルバムの製作に取り組んでいたが、発売に先立って2000年3月にシングル『Shiver』をリリースした。これが全英チャートトップ40に入り、このシングルで初めてMTVに登場した。続けて6月にリリースした『Yellow』は全英チャート4位に入り、注目を浴びる。さらに1stアルバム『パラシューツ』をリリースし、ついに全英チャート1位を獲得する。
パーロフォン側は4万枚程度のセールスを予想していたが、実際は2000年末までにイギリスだけで160万枚のセールスを記録した。そしてこのアルバムはマーキュリー賞などイギリスの数々の音楽賞を総なめにする。
(『パラシューツ』は『ザ・ベンズ』から『OKコンピューター』の頃のレディオヘッドから強い影響を受けていることを本人も認めている。)
コールドプレイ (Coldplay)は2000年8月に日本でサマーソニックに出演。アメリカでは、『Yellow』や『Trouble』がラジオで流れ人気を博す。
『パラシューツ』は11月にアメリカでも発売され、プロモーションのため全米ツアーを敢行する。このツアーはアメリカのクラブを回るものだったが、『サタデー・ナイト・ライブ』や『レイト・ナイト・ウィズ・コナン・オブライエン』、『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』といったテレビ番組にも出演した。『パラシューツ』はビルボード誌において最高51位まで上がる。2002年には、グラミー賞の「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム」を受賞した。

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静寂の世界(2001-2004)

オープニング・トラックの『Politik』はアメリカ同時多発テロ事件の数日後に書かれた。このアルバムで人気を博した『In My Place』、『クロックス』、そしてバラード曲である『The Scientist』といった数々の名曲が生まれた。
バンドは2002年6月から2003年9月まで1年以上にわたってグラストンベリー・ロック・フェスティバルなどのロック・フェスを皮切りに、「A Rush of Blood to the Head tour」を行った。このツアーで真のスタジアムバンドを確立するまでの過程が見られる。同時期に行われたU2のエレヴェイション・ツアーを彷彿とさせる、手の込んだ照明や個性的なスクリーンを多くの公演で採用した。延長公演のシドニー、Hordern Pavilionにおける公演でライブ2003のDVDとCDを収録した。
このライブアルバムのプロモーション曲として新曲の「Moses」が選ばれた。この世界ツアーでは自らの曲だけでなく、アクアの『Barbie Girl』などのカバーも演奏した。

2003年7月、日本のフジ・ロック・フェスティバルに出演。

2003年12月にはローリング・ストーン誌の読者が選ぶその年のベスト・アーティストとベスト・アルバムに呼び名をあげられた。同時期にはバンドはプリテンダーズの1983年のヒット曲、「2000 miles」をカバーし公式サイトの配信でのみリリースした。楽曲は年間ダウンロードチャートの1位を飾り、セールスからの収益金はFuture Forestsや銃抑止キャンペーンといった慈善団体に寄付された。
『静寂の世界』は第45回グラミー賞において二つの賞を受賞した。翌年の同賞では『クロックス』で最優秀レコード賞を受賞し、さらには2003年ローリング・ストーン誌が選ぶ偉大なロック・アルバム500枚の473位にランクインした。

X&Y(2004-2006)

ツアーや3rdアルバムのレコーディングの休暇中も年中スポットライトを浴びていたように、2004年は完全にコールドプレイ (Coldplay)・イヤーとなった。2004年から新しいアルバムの製作に取り掛かったが、思ったような曲ができなかった(メンバー自身が後に振り返っている)。そこで気分転換のため、メンバーが一緒に過ごす時間を増やしたという。この3rdアルバムの他のアーティストからの影響については、ガイが「デヴィッド・ボウイ、ブライアン・イーノ、ピンク・フロイドからデペッシュ・モード、ケイト・ブッシュ、クラフトワーク、そして常に聞くようにしているのだがU2まで、さまざまなアーティストの曲を聞いた」と後に語っている。
5月にはファンを喜ばせるため、「Nappies」と称しクリスが妻のグウィネス・パルトロウとともに、娘であるAppleの誕生祝いにビデオを作って公式サイトにアップしたこともある。具体的には、著名なプロデューサであるジョージ・マーティンがコールドプレイ (Coldplay)の一員としてビデオを紹介、そして彼らのプロデューサであるケン・ネルソンが「Nappies」のメンバーとして演奏し、ラップやグラム・ロックを皮肉った、パロディビデオといったものである。クリスはこのビデオはジェイ・Zに影響を受けたとうそぶいている。

バンドの3枚目のアルバム、『X&Y』は前作と同様に日本で先行リリースされ、本国イギリスでは2005年6月6日にリリースされた。このアルバムは発売が遅れたので、所属するEMIの次年度に経常収支が引き継がれ、EMIの株価が大幅に下がってしまった。結局は全世界で830万枚を売り上げ、2005年に最も売れたアルバムとなった。先行シングルである『スピード・オブ・サウンド』は4月18日にラジオやネット配信で解禁となり、2005年5月23日にCDフォーマットでリリースされた。
『X&Y』は28ヶ国で初登場1位を獲得し、イギリスのチャート史において最も早く売れたアルバム第3位となる
(ちなみに第1位はオアシス、1997年のアルバム『Be Here Now』)。
同アルバムからのシングルカット曲『フィックス・ユー』、『トーク』はそれぞれ同年9月、12月に発売された。2006年5月にはシングルカット曲『ザ・ハーデスト・パート』をイギリス以外の各国でリリース した。アルバムの大々的な成功にもかかわらず、音楽評論家など玄人のあいだでは『X&Y』の評価はそれまでのアルバムに比べ、過剰なマーケティング、ハリウッドスターと結婚したクリスのセレブな形振り、ヒットを狙おう狙おうとするアティチュードで確信犯的に売れ線を狙った曲が多いことからくるイヤらしさ、壮大な曲に聴かせようとする過剰なサウンドプロデュース、などから評価が下がるとした者が多数を占めた。
ニューヨーク・タイムズ紙では「この十年でもっとも気にくわないバンド」と酷評であった。 2005年6月から2006年7月にかけて、コールドプレイ (Coldplay)はグラストンベリー・フェスティバル含む「Twisted Logic Tour」という世界ツアーを行った。そして初の単独日本公演である7月18日・19日の日本武道館公演でこのツアーが終了した。
2006年2月にコールドプレイ (Coldplay)は『X&Y』でブリット賞「ベスト・アルバム賞」、『スピード・オブ・サウンド』で同賞「ベスト・シングル賞」を受賞した。その授賞式でクリスが前述のバンドを批判し続ける人々に向け、自虐まじりで「みんな、俺達にうんざりしてるだろ、俺達もだ。これから何年もの間俺達を見ることはないだろう。」と発言し、解散説が流れたが、本人たちは否定している。

美しき生命:VIVA LA VIDA(2006-現在)

2006年12月初旬、バンドはブライアン・イーノ、マーカス・ドラヴスをプロデューサーに迎え、4枚目となるスタジオ・アルバム『美しき生命』のレコーディングにとりかかり始めた。この二人に加え、ティンバランドとのコラボレートの予定もあったという。
バンドはこの後しばしのレコーディング休暇をとるが2007年初頭、チリやアルゼンチン、ブラジル、メキシコでのバンド初となる南米ツアーが敢行された。ツアー中には南米各地の教会などでアルバム収録を行っている。
「『美しき生命(VIVA LA VIDA)』はコールドプレイ (Coldplay)の新しい境地。」とクリスは語る。
過去三枚のアルバムを「三部作」とし、「これまでとはまた違う変化を持たせた。ファルセットを抑え、ヴォーカルの位置づけを下げることを最優先に考えた。例えばディストーション・リフを用い、ブルージーな低いトーンのヴォーカル、『ヴァイオレット・ヒル』がある。」「ヴァイオレット・ヒル」はリードシングルとして2008年4月29日にラジオ・オン・エアーとなった。ラジオでの解禁後、公式サイトから同シングルが1週間、フリーで配信となり200万ダウンロードを達成した。UKチャートではトップ10入り、USではトップ40入りのチャートアクションと健闘するが、セカンド・シングル「美しき生命」はiTunesからのみ解禁となり、ビルボードチャート、ホット・100では堂々1位を獲得、UKでもダウンロードチャート1位を獲得した。

6月16日、コールドプレイ (Coldplay)はロンドン、ブリクストン・アカデミーでの45分間、二日間連続のフリーライブを皮切りにViva la Vida Tourを始めた。
このパフォーマンスはBBCテレビセンターからテレビ放送された。 また、2005年の映画『40歳の童貞男』の中で「おまえはコールドプレイ (Coldplay)を聞いているからゲイだ」というセリフが大きな話題となって以降、ティーンエイジャーの間ではコールドプレイ (Coldplay)・ファンだというと“オタク”“女々しい”などのレッテルを貼られてしまいがちであったが、クリスはこのアルバムにより、もうそんなことは言わせないと断言している。それこそが今回、このアルバムを作った動機でもあると語った。


「このアルバムを作っているとき、なんでみんなが俺たちの作品を聴くのか証明してやりたいって思っていた。16歳が学校でコールドプレイ (Coldplay)のファンだって公言しても大丈夫なようにしたかった。このアルバムなら、彼らはそれほどからかわれなくて済むだろう。それが動機だよ。コールドプレイ (Coldplay)が好きでいいんだって、証明したかったんだ」


6月15日、アルバム『美しき生命』はリリースからたった3日でUKチャートNo.1を獲得。


2008年7月29日にリリースした「美しき生命(Viva La Vida)」という曲について、ジョー・サトリアーニが2004年にリリースしたインストゥルメンタル曲「If I Could Fly」とギターのリフが同じ箇所があると彼のファンに指摘され、「出来る限り裁判沙汰にならないように避けてきたが、コールドプレイ (Coldplay)側がこの件について話したがらなかった。」と著作権侵害で告訴した。
サトリアーニ側は告訴した事について「悪意があって告訴したのではない。あくまでアーティストとしてすべき事をしたまでだ。」と発言している。これに対してコールドプレイ側は同月9日にバンドの公式サイトで「訴えられた事について我々は非常に驚いている。
サトリアーニ氏は偉大なミュージシャンだが、我々の作ったあの曲は彼が書いたのではなく、彼の曲から影響を受けたものではなく偶然です。同氏の今後の活躍に期待する。」とコメントしている。サトリアーニの弁護士は「納得がいかない、裁判で片をつける。偶然かどうかは最終的には陪審員が決める事。」と発言している。今後の動向に注目が集まっている。

2009年末には早くも次のアルバムリリースが予定されており、カイリー・ミノーグとのコラボレート曲「Lhuna」が収録される。

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